「いい?次の授業が始まる前に教室に入ってルルーシュに抱きついてきなさい」
昼休みという限られた時間、そう言えばまだ授業があるのだとライは今更に気づく。
ライは正式な学生ではない故に授業を受けない身であるが、ならばミレイはどうなんだと問い質したくなる。
だがその隙も与えてくれず、腕を捕まれながらルルーシュのクラスの教室傍まで連れて来られた。
途中で感じる大勢の視線に再び頬に朱が帯びていくのを感じる。
<お願いだから見てくれるなっ>
直に男だと気づかれてしまうに違いない。
そうなれば恥をかくのはライ自身であり、もう二度と学園を歩く事できないのだと前を歩くミレイを恨む。
だが悪意のない満面の笑みを見せられれば、仕方ないと考えなおしてしまうのだから、流石生徒会長だと言う…べきなのだろうか。
「ほら、ルルーシュは奥に座ってるわよ」
「…本当に行かなければならないんですか?」
「保護者命令」
「……了、解」
教室内を目標に気づかれないようコソコソと覗いている二人の様は、通りすぎる生徒たちの注目の的となっていた。
素知らぬ顔をしているミレイと違って、ライは居た堪れない気持ちに必死に耐えようとしていた。
とにかく男だと気づかれないようにする事に必死で、顔を見られればお終いだと前髪で額に押し立てて瞳まで隠そうとする。
そして着慣れないスカートが腿に擦れる度に丈を引っ掴んで千切れそうな程に下へ下へと引っ張る。
「ライ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ、とにかくルルーシュにだ…抱きつけばいいんですね?」
「そう!でもいい?ただ抱きしめるだけじゃなくて、女が男を誘うような、こうっ」
「それって声をかけろと?…声で直気づかれる、いや姿見られた途端にばれると思う」
「見た目じゃ絶対にばれないわよ。それに声は低くしなければ大丈夫よ、心配ならあまり話さない事ね」
「…了解も得ずに抱きつけって言うんですか」
「当ったり前でしょう!あのルルーシュが素直に抱きしめてくれると思う?」
確かにそうなのだが、それを言うならルルーシュ以外の誰であっても抱きしめさせてはくれないだろう。
「…無理ですね」
「まあ、貴方だったら誰でもOKでしょうけどね」
「は?」
「とにかく!ガッツよ!!そして貴方の色気で勝利を勝ち取りなさいっ!」
ミレイは人事のように言い放った。
あまりの力の込めようにライは、色気なんて女装した男に対して気持ち悪いとしか思えないだろうと心の内で愚痴るのみ。
また反対意見出しても口で言い包められるに違いないのだから。
「とにかく、まず目標に接近しなければ」
まずルルーシュの席まで辿り着かなければならない、それには幾つかの難解を立ちはだかる。
ライを知る者はリヴァル、シャーリー、カレン、スザク。
よく欠席するカレンとスザクがどうして、こんな時には出席しているのか…舌打ちしたくなった。
それに問題は知人だけではない。
女装したライはこのクラスの生徒ではないので、教室に入る時点で注目を浴びる可能性が高い。
「任務遂行困難と言う事で断念という判断は?」
「ありません。ほら、レッツゴー!」
無理矢理に背中を押され、心の準備も付かぬままに教室へ一歩入ってしまった。
少々素っ頓狂な声が漏れてしまった故に、教室内生徒全員の注目が集まる。
ひしひしと感じる視線の痛さに、ライの頬から首元までみるみると白肌が紅く染まっていく。
横目で教室の外から見守っているミレイを睨むと、満面の笑みで唇をガッツと動かし返してきた。
<逃げれない、と言う事か…しかも最悪な状況だ>
もういい、注目は十分に浴びている。
今更逃げても仕方がないだろう。
などとライは諦めの意を込めて大きく息を吐き捨てた。
そして弱りきっていた瞳にやけくそだと言う風に力を込め、目指すは不思議そうに顔を向けているルルーシュだと拳を握る。
一歩一歩と確かに進んでいく靴音。
男子生徒からは息を呑む音、女子生徒からは少々嫉妬念の篭った呟きが聞こえてきた。
我慢だ、我慢するんだと自然と眉根が強く寄せられ、煩い鼓動に黙れと心の内で毒づいた。
「…君は?」
やっとの思いでルルーシュが座る席の近くまで辿り着く事ができた。
ライが其の場に立ち止まったと同時に、クラス内が騒がしい程の響きが広がる。
ルルーシュと話していたのだろうリヴァルとシャーリー、そしてスザクが間近でライを観察するように眺めてくる。
特にシャーリーからの痛い視線だけには長く耐えられそうになかった。
「あ…の……ルルーシュ・ランペルージ…だ…ですね?」
「そうだが?」
「っ」
まだ気づかれてはいない。
安堵を感じるが、同時に複雑な思いが込み上げてくる。
とにかく逃げたいのだ、そしてこの見っとも無い服装を着替えたいのだ。
「?」
「あっ……ぼ、…わ、私は…」
先ほどまで緊張に気にもしなかったスカートが再び腿に擦れて居た堪れなくなった。
両足を絡ませ、スカートを抑えながら片手を胸を隠すように押し当てる。
その仕草が艶かしく見え、リヴァルが感嘆の意を込めて口笛を吹かせた。
スザクは見ないようにと頬を赤らませながら視線を外し、ルルーシュも気まずそうに直視しないようにしている。
「もう、じれったいわね!」
「うわっ?!」
突然と背中を押され、ライの体がそのまま目の前の席に座っているルルーシュへ覆いかぶさった。
「っ?!!」
椅子に座っていたルルーシュはライの突然の衝突に耐えられず、そのまま二人一緒に床へと落ちてしまった。
何事かと周辺が騒ぐが、生徒会の皆はミレイの登場に会長?!と叫んでルルーシュとその上に馬乗りになっているライを見下ろした。
「痛っ…すまないっ、ルルーシュ!頭を打たなかったか?!」
「いや、大丈………まさか……ライ?」
「あ…」
「「「えーーーーーーーーーー?!!!!!!!!!!!!」」」
このルルーシュの上に乗りかかっている女子生徒がライ?!
信じられないと言う風な皆の驚きの形相がそのままミレイに向けられた。
それに鼻高々に受け止めるミレイは腰に両手をあてて深く頷いている。
「おまっ…何て格好をっ」
「ぼ、僕だってこんな格好したくなかったんだ!」
「似合いすぎだぞっ」
「全然嬉しくないっっ!!」
ルルーシュに馬乗りにままなライは何時もの彼らしさを打ち壊して叫び出した。
両腕を振り回してルルーシュの言葉を弁解し続けていると、スカートから覗いた下半身がルルーシュのそれに摺りつく感じになる。
すると感じたくもないのに感じてしまったルルーシュの顔が一気に噴火した。
「あ、あまり上で暴れるなっ」
「ルルーシュが悪いんだろう?!僕は女装なんてしたくなかったんだ!」
「わかった、わかったからっ…う、ぁっ?!」
ルルーシュの異変に首をかしげたライは、やはり頭を打ったのかと前屈みになった。
すると短いスカートから可愛らしい下着が見守る皆に丸見えになって…男性陣からの嬉々とした声が上がる。
「ほお、ピンク色にレース付きですかー」
「ライー、下着見えてるわよー」
シャーリーとスザクが真っ赤になって動揺しているのを他所に、リヴァルとミレイが楽しげにライへちょっかいを出してきた。
二人の爆弾発言に急ぎスカートで皆に見られているであろう自身の尻を隠す。
「~~っ何で女子生徒のスカートはこんなに短いんだっ!!」
「た…頼むから退いてくれっ…」
教室中にライの叫びが響く中、放置されたままのルルーシュはライが動く度に息が詰まる思いに耐え続けた。一方、生徒が集まるところより距離を置いて見守るカレンは、心底呆れたように吐息を吐いていたと言う。
end